移民が多く住み、土地や物価の安さから駆け出しのアーティストやクリエイターらが集まるようになったことでトレンド発信地となり、今ではすっかり成熟しきった感のあるイースト・ロンドンのショーディッチやハックニー。
オシャレな街として発展していったことで、物価や地価、家賃が急上昇し、それらのエリアを脱出したアーティストやクリエイターたち、若いファミリー層が移り住み始め、じわじわと活気づいているのが、ロンドン北東部の街、ウォルサムストウです。
今回ご紹介したいギャラリー「ゴッズ・オウン・ジャンクヤード(God’s Own Junkyard)」があるのもこの街。
ロンドン中心部から地下鉄で約20分の場所にある「ウォルサムストウ・セントラル(Walthamstow Central)」駅から閑静な住宅街を15分ほど歩くと、少々寂れた雰囲気の倉庫街が現れます。
ここには若手の醸造家らが営む活気あるブリュワリー(ビール醸造所)やリキュールの製造所が立ち並び、その多くが倉庫内に週末だけ営業する「Tap Room(タップ(蛇口)からアルコールを提供するバー)」を併設し、週末ともなると昼間からフレッシュなビールやエール(フルーティーで軽やかな飲み口のビールの一種)を味わう人々で賑わっています。
ブリュワリーでドリンクを楽しむ人を横目に、目的のゴッズ・オウン・ジャンクヤードに向かいます。
入り口には倉庫内にあるカフェ「ザ・ローリング・スコーンズ(The Rolling Scones)」のネオンサインが掲げられ、早速ワクワクさせられます。
狭い通路で出迎えるのはネオンの輪を冠したキリスト像。
倉庫の中に入ると…、そのポップでロックできらびやかな世界に誰もがポカンと口を開けて「ワオ…」と他の言葉を失うほど。
一眼レフカメラでの撮影は禁止されていますが、スマホはOK。どこを切り取っても絵になり、フィルターなしでインスタ映えする写真になること間違いなし。
恐ろしいほどセルフィー映えしないので普段はセルフィーが苦手な筆者もセルフィーを撮らずにいられませんでした。
2013年12月にオープンしたこの場所は、ライト・アーティストで『ネオンマン』として知られるクリス・ブレイシーさんの作品や取り壊される建物などから集めたネオンサイン、ライトボックスなどのコレクションを保管し無料で公開しているギャラリー。
クリスさんは以前別の場所でライトを保管し一部公開していたそうですが、再開発により立ち退かざるをえなくなりました。幸いにも倉庫を提供したいという支援者が現れ、以前の場所より4倍広い現在の倉庫に移転し、規模を広げて公開するに至りました。
ウェールズの炭鉱夫であったクリスさんの父ディックさんは、第二次世界大戦後にウォルサムストウに移り住み、サーカスや遊園地のネオンサインを制作する工房をはじめました。のちにディックさんが制作したフィリップス社のロゴも飾られています。
小さな頃からネオンの光に囲まれて育ったクリスさんは、英ガーディアン紙のインタビューで、子供時代に地元の厳格なカソリック系学校に通ったことを「僕は左利きだったんだけど、それだけで殴られたよ。宗教は僕が共に育ってきたものだね」と語っています。
「ゴッズ・オウン・ジャンクヤード(God’s Own Junkyard、神の恵みのガラクタ置き場)」という名称も、「ゴッズ・オウン・カントリー(God’s Own Country、神の恵みの豊かな土地)」という意味を持つ言葉をもじっています。
リメイクを施したキリスト像やネオンの十字架と共にヒンズー教の神々などが飾られた祠(ほこら)や、信仰についての言葉をライトで表した作品も単なるパロディではなく、筆者はクリスさんの信仰に対する複雑な感情が入り混じったようなものを感じました。
グラフィック・デザイナーとして社会に出た後に父と同じ道を進み、ネオンサインの制作を手掛けていたクリスさんに転機が訪れたのは、80年代のこと。
その頃ロンドン中心部の風俗街「ソーホー(Soho)」地区にある風俗店のネオンサインのほぼ全てを手掛けていたというクリスさんは、ソーホーでサインを設置していた時、たまたま通りかかった映画監督ニール・ジョーダン氏の目にとまります。そしてジョ-ダン監督の1986年公開映画「モナリザ」に使用するネオンサインを制作したことをきっかけに、クリスさんのもとに次々と映画で使用するネオンサインの制作が舞い込むようになります。
「ブレード・ランナー」「バットマン」シリーズ、「チャーリーとチョコレート工場」、スタンリー・キューブリックの「アイズ・ワイド・シャット」など他にも数多くの映画に作品を提供しています。
また、ロンドンのホテルや高級デパートのショーウィンドウ、ファッションショーでも飾られるようになると、セレブリティのファンも増え、デザイナーのヴィヴィアン・ウェストウッド、エルトン・ジョン、レディ・ガガ、ジュード・ロウやティム・バートンなども彼の作品をコレクションしているのだそう。モデルのケイト・モスは自身の名前をピンクのネオン管で制作するようクリスさんに発注し『これを見ていると自分がロックスターになったような気分になれるわ』と、その出来に大満足なのだとか。
職人であった父の跡を継ぎながら、アーティストとしても成功を収めたクリスさんでしたが、この新天地でギャラリーをオープンさせてから1年も経たない2014年11月、59歳という若さで前立腺癌により帰らぬ人となりました。
BBCをはじめとする各メディアは才能溢れるアーティストの早すぎる死を報じました。ギャラリーはクリスさんの息子で同じくライト・アーティストのマーカスさんらが引き継ぎ、ありがたいことにその灯りを絶やすことはありませんでした。
ローリング・ストーンズやデヴィッド・ボウイのジギー・スターダストが流れる中(ロンドンで開催されたボウイのエキシビジョンに使用されたボルトサインもクリスさん制作)、カフェでは多くの人がネオン管の灯りの中でスコーンやドリンクを楽しんでいます。
絵ハガキやカード、Tシャツ、ヴィンテージ小物なども売られています。
また、ライトは有料でレンタル可能です。
ロック・ファンやストリート・アートが好きな方に特にお勧めの眩いネオン・パラダイス。
ロンドン旅行の訪問先リストに加えてみては?
Post: GoTrip! http://gotrip.jp/ 旅に行きたくなるメディア
住所:Unit 12, Ravenswood Industrial Estate,
Shernhall Street, London, E17 9HQ
営業時間:金土=11時~21時、日=11時~18時
※月~木は休み
Post: GoTrip! http://gotrip.jp/ 旅に行きたくなるメディア