モロッコの古都として有名なのが、「世界最大の迷宮都市」とも呼ばれる旧市街をもつフェズ。しかし、その近くにもうひとつの古都があることは案外知られていません。

それが、フェズから列車でおよそ30分ほどのところにあるメクネス。その歴史的な町並みは「古都メクネス」として世界遺産に登録されています。

10世紀ごろに、ベルベル系メクネッサ族が築いたこの町が最盛期を迎えたのは17世紀、アラウィー朝のムーレイ・イスマイルの時代でした。豪華な王国の建設を目指した彼は、もともとあった古い建物を次々と壊し、数多くの城壁や門、モスクなどを建設しました。

その背景には、同時代にヨーロッパで太陽王として君臨していたルイ14世が造ったヴェルサイユ宮殿への対抗心があったともいわれています。

しかし、王都としてのメクネスはわずか半世紀ほど続いただけで、歴史の中心がマラケシュやフェズに移った後、メクネスの町はしだいに衰退していったのです。

「現在のメクネスは眠りこけているように見える」とも揶揄されますが、穏やかでのんびりとした空気が流れるメクネスには、マラケシュやフェズとはまた違った魅力があります。

現在のメクネスの町は、城壁に囲まれたメディナ(旧市街)と王都のエリア、そして新市街の3つに分かれています。

メクネスのシンボルが、王都へのメインゲート、マンスール門。

ムーレイ・イスマイルが手掛けた最後の建築物で、彼の死後、その息子であるシディ・ムハンマド・イブン・アブダラーの時代にあたる1732年に完成しました。イスラム建築の最高傑作のひとつに数えられ、「北アフリカで最も美しい門」ともいわれています。

優雅な弧を描くアーチに、カラフルなモザイクタイル、網の目のような精緻な彫刻・・・この門が目に入った瞬間、その壮麗さに圧倒されずにはいられません。

この門の裏側に、ムーレイ・イスマイルが夢見た壮大な王都の跡が残っているのです。

マンスール門の南にある広場に面して、かつてムーレイ・イスマイルが外国大使たちとの接見や儀式などを行っていたクベット・エル・キャティンがあります。

内部は意外なほどに簡素な造りで、現在は、国王ムハンマド6世のポートレートが控えめに飾られています。

その隣にはキリスト教徒の地下牢があり、チケットはクベット・エル・キャティンと共通。ここは、ムーレイ・イスマイルの時代にキリスト教徒の弾圧のために造られた地下牢で、一時は4万人もの囚人がここに収容され、鎖につながれていたといいます。

薄暗い内部に入るとひんやりと冷たい空気に包まれ、その不気味さに鳥肌が立つほど。現在は光が少し入るようになっていますが、昔は真っ暗闇だったそうです。

クベット・エル・キャティンの向かいにある門をくぐると、マンスール門と並び称される傑作、ムーレイ・イスマイル廟が目に入ります。

王都の完成を待たずしてこの世を去ったムーレイ・イスマイルが眠る廟で、内部には、壁から天井にかけてのモザイクや漆喰彫刻が見事な幻想世界が広がっています。残念ながら、2017年11月現在、改修工事のため休館中。その美しく荘厳な姿を再び見られる日が待たれます。

ムーレイ・イスマイル廟の奥にあるリフ門をくぐった先は、「風の道」と呼ばれている通り。道の両側に立つ高い壁が影を生みだし、そのあいだを心地良い風が通り抜けていきます。

タイルや彫刻で美しく装飾された門にも注目。右側には王宮がありますが、中に入ることはできません。

城壁に沿って、王宮の周辺をぐるりと歩いていくと、ヘリ・スアニが目に入ります。

入口は小さいですが、中には広大な空間が広がっていて、「ダール・エル・マ(水の館)」と呼ばれる古い貯水槽と、穀物倉庫に分かれています。

現在は遺跡となっている穀物倉庫にはかつて人間の食料ばかりか、王が所有する1万2000頭もの馬のエサも貯蔵されていたのだとか。当時は厚い壁と地下の水路によって、中の温度が一定に保たれる仕組みになっていました。

当時の様子を想像しながら目をつぶると、そのまま数世紀前にタイムスリップしてしまいそう。

人通りも少なく、のどかで平和な空気が流れる王都の跡を歩いていると、「現在のメクネスは眠りこけているように見える」という言葉の意味がよくわかります。

喧騒に満ちたフェズやマラケシュとは違って、ここには時間が止まったかのような、ゆるりとした空気が流れているのです。

人々も穏やかで、身構えることなくリラックスして過ごせるメクネスは、旅の疲れをそっと癒してくれるような場所。歴史のロマンが詰まった、優しいモロッコの古都に会いに行ってみませんか。

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