映画の存在を知らせる映画予告編。約30秒から2分30秒ほどの長さに作られた映像は、実は専門の制作企業がある。多岐のジャンルにわたって映画予告編を手がける株式会社ココロドルの密本雄太氏は、「予告編は映画館に足を運んでもらうための広告であり、そこには法則やテクニックがある」と話す。一般的にはあまり知られていない映画予告編の世界、貴重なラウンドテーブルが開催された。

映像の革命からコロナ禍、映画予告編専門業者ができるまで

かつては映画の助監督が作るものだったという映画予告編は、現在では専門の制作会社が作っている。映画予告編をはじめ、年間100本以上の予告編制作・プロモーションムービーを制作する株式会社ココロドルの代表取締役 密本雄太氏が、その舞台裏をラウンドテーブルという形で紹介してくれた。密本氏は映像専門学校を卒業後に渡米、ハリウッドで映画予告編の制作技術を学んだ。帰国後に起業して現在に至る。

「0を1にするのが映画制作ならば、予告編は1を10にする仕事です」予告編は作品ではなく宣伝なのだと同氏。予告編を作る専門業者ができた背景をまずは解説する。映像界で大きな分岐点となったのが2000年前後だという。きっかけは映画『マトリックス』だ。

「映画はフィルムからデジタルになり、1999年には映画『マトリックス』が大ヒットします。これが第一次映像革命と言われました。いわゆるCG革命ですね。これを機に競争が生まれ、技術が発達してグローバル化が進みました。その10年後の2009年には第二次映像革命と言われる映画『アバター』の公開、そしてさらに10年後の2019年。コロナ禍となって映画のサブスクが進みます。配信 VS 映画館といった構造が生まれ、流通革命が起きるんです。SNSも普及して情報過多の時代になっていきます」

競争がどんどん激しくなってきた昨今。映画の内容をただ正しく伝える予告編では観客は映画館に足を運ばない。また、内容を見せすぎて予告編だけで満足してしまうというケースもあるという。映画の予告編に求められることが時代とともに変わってきたのだ。

「観客を劇場に来場させることが予告編の目的です」

予告編は、見た人の行動に働きかけなければ意味がない。そこでより専門性の高い予告編制作の現場が生まれたのだという。

お国柄によって全く違う予告編、映画本編にない映像やセリフまで!?

映画予告編は国民性や文化によってかなり違ったものになっているという。日本で重視されるのは「謙遜」、「集団」、「依存」といったもの。一方、米国は「対等」「個人」「自立」といった具合だ。映画『アナと雪の女王』の予告編で見比べてみる。

日本版はストーリーを重視してコミカルなシーンがありつつも、主人公ふたりだけが登場する感動的な物語だというニュアンスが伝わってきた。しかし、米国版は終始ジョークを中心に軽めに展開。主要なキャラクターが全て出てくるのも大きな違いだった。

そして、ADR(Automatic Dialogue Replacement:オートマチック・ダイアログ・リプレイスメント)という映画本編には全く使われていないシーンやセリフが予告編に含まれていることがある。ADRはそのようなシーンを指す言葉だ。

映画『オデッセイ(邦題)』(原題は『The Martian』)の予告編でADRを見てみる。冒頭で流れる主人公のセリフ、記者発表で長官がうつむくシーンなど本編には全く出てこない映像とセリフが満載だった。『オデッセイ』は、主人公が火星にたったひとり取り残されて生き延びる映画。

「火星に取り残された主人公についての記者発表が行われ、記者が<彼は生きているんですか?>という質問を投げかけます。これ見てる私たちにも投げかけてるんですよね。質問された長官は、イエスなのかノーかもわからないこのうつむき。観客も、え? どっちなの? みたいな気になります。本編にないシーンまで使って観客を引きつける工夫がされているということです」

確かに、予告編に惹きつけられて劇場に行きたいと思う時と、本編の“ミニ版”を見てしまったような気分になる時がある。

さらに予告編はなにより音が大事だとも。予告編の音楽は、予告編のためだけに作られたもので、オーケストラなどを起用し作られるという。サントラにあの音楽が入ってない!? そうしたクレームは予告編の音楽のことなのだとか。なんとも面白い。

予告編は3幕で構成されている

短い尺のなかに感情誘導が組み込まれていると密本氏は続ける。興味→没入→欲求。幕1の世界観の設定、幕2の問題定義、幕3のクライマックスへ。徐々に感情が盛り上がっていくように構成されているのだ。ココロドルが手がけたサスペンス・ホラーの韓国映画『梟―フクロウ―』の予告編を意識して見てみる。冒頭で5W1Hがなされ、そこに謎の事件が起きる! そして終盤は「どうなるんだ!?」というような畳み掛けるシーンが連続しクライマックスへ……。なるほど、構成がよくわかった。

今後、映画の予告編を見るときは意識して見ると新たな発見がありそうだ。密本氏のナビゲートによって詳らかにされた映画予告編の世界。冒頭から予告編は作品ではなく広告なのだというその意味がよくわかった。予告編はさまざまな理論的な設計がされた映像であり、テクニックが詰まっている。

知られざる映画予告編の世界、こんなに巧みに作られ知らず知らずのうちに誘導されていたのかと感服した。映画本編はもちろん、今後は予告編も楽しんで見られそうだ。とても有意義なラウンドテーブルだった。