ドイツ世界遺産のひとつライン渓谷にあり、観光の拠点ともなる町コブレンツ。2000年以上も前にローマ人がこの地に定住したことから町の歴史が始まり、以後その地勢を活かして水運や軍事の拠点として発展しました。
そんなコブレンツが歩んできた歴史に触れることのできる場所が、対岸にそびえるエーレンブライトシュタイン要塞。にらみを利かせるようにして町を見下ろすその要塞は、現存する要塞としてはヨーロッパ第2の規模を誇ります。
エーレンブライトシュタイン要塞の歴史がはじまるのは1000年頃。初めは要塞ではなく居城として建てられ、名前も「エーレンシュタイン城」というものでした。11世紀になると城はトリーア大司教の手に渡り、時の所有者たちによって増改築が繰り返されます。
大司教の居城だった城が要塞へと変貌するのは15世紀のこと。当時の所有者だったリヒャルト・フォン・グライフェンクラウは城に堡塁(ほうるい)や堀を築き、大砲などの武器も設置。敵の侵入を許さない巨大な要塞を作り上げたのです。
その後17世紀には30年戦争やプファルツ継承戦争といった戦禍を経験。その後18世紀にはフランス革命軍に包囲されたのち降伏。屈強な要塞が降伏に追い込まれた要因は、食料が底を突いたためだと言われています。
要塞は革命軍により爆破されてしまいますが、その後プロイセンの城として国王ヴィルヘルム3世が再建を指示。現在私達が目にする要塞の大部分は、1817年から1828年にかけて再建されたものです。
ヨーロッパ第2の要塞というだけあり、丘を覆いつくすほどの敷地はかなり広大。
幾重にも築かれた防衛用の壁や門、狭いトンネルなどを見ても、守りに重点が置かれていた様子がよく分かります。
敷地内にある建物の中は博物館になっており、歴史や芸術にまつわる企画展を開催。またユースホステルも入っていて、歴史ある要塞に宿泊するという珍しい体験ができます。
エーレンブライトシュタイン要塞で忘れてはならないのが、庭から眺める「ドイチェス・エック」。ライン川とモーゼル川の合流点にはドイツを統一へ導いたヴィルヘルム1世の像が立ち、合流した川の流れる先を見据えています。また運が良ければ色の異なる2つの川が混じりあう様子が観察できます。
丘の斜面を覆いつくすほど広大で、他を寄せ付けないほどの存在感を放つエーレンブライトシュタイン要塞。メルヘンチックな要素は微塵もありませんが、その屈強な外観がまた多くの人を惹きつけています。
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