京都観光の定番スポット、嵐山。渡月橋や天龍寺周辺はいつも人でいっぱいですが、「奥嵯峨野」と呼ばれる北のエリアは、中心部とは違って観光客の姿もまばら。
静寂に満ちたこの界隈では、ゆったりとした時の流れのなかで、いにしえの雰囲気を感じることができます。
奥嵯峨野には、小さいながらも個性豊かな名刹が点在。そのひとつが、今からおよそ1200年前に開創された「あだし野念仏寺」です。
「あだしの(化野)」とは、このあたりの地区名のこと。「あだし」には、仏教の言葉で「はかない」「むなしい」を意味し、「化」の漢字には、「生が化して死となり、この世に再び生まれ変わることや、極楽浄土に往来する願い」といった意味合いがあります。
寺伝によれば、あだし野念仏寺は、弘法大師空海が、野ざらしになっていた遺骸を埋葬したことにはじまります。
空海は、土葬の習慣を伝え、この地に寺院を建立。当初は「五智山如来寺(ごちざんにょらいじ)」という名の真言宗の寺院でしたが、鎌倉時代に法然上人がここを念仏道場としたことから、「あだし野念仏寺」と呼ばれるようになりました。
ひっそりとした境内には、8000体を超える石仏や石塔がずらりと並んでいます。
これらの多くは、かつてあだし野で亡くなった人々のお墓。この地は、古くからの葬送の地で、かつては風葬が行われていましたが、のちに土葬に変わり、人々は石仏を建て、愛する人との永遠の別れを惜しんだのです。
何百年もの歳月を経て、無縁仏と化し、山野に散乱・埋没していた石仏が、明治時代中期にここに集められ、河原として整備されました。
ただひたすらに石仏と石塔が並ぶ光景は、まるで海のよう。無数の石の波が静かに語りかけてくるかのようで、その不思議な迫力に圧倒されます。
おびただしい数の石仏と石塔が安置されている西院の河原に足を踏み入れると、周囲の空気が変化するのを感じます。ここが、生と死のあいだであるような、現世と来世のはざまであるような、理屈では説明のつかない神秘的な空気が漂っているような気がするのです。
それは、数世紀にもわたって、大切な人との別れを惜しんできた人々の思いが詰まっているからなのかもしれません。
この特別な空気感は、あだし野念仏寺が閑静な奥嵯峨野に位置し、山々の自然に囲まれているからこそ。
毎年8月23日と24日には、西院の河原にまつられている数千体の無縁仏にろうそくを灯し、供養する行事「千灯供養」が行われます。陽も落ちるころ、数千本のろうそくがあたりを照らす光景はひときわ幻想的。
京都嵐山を訪れたら、奥嵯峨野にも足を延ばして、あだし野念仏寺の幽玄世界を体感してみませんか。
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名前 あだし野念仏寺
住所 京都市右京区嵯峨鳥居本化野町17
公式サイト http://www.nenbutsuji.jp/index.html