世界で最も多くの外国人観光客が訪れる都市のひとつ、タイの首都バンコク。
日本人にとっても定番人気の旅先でありながら、まだまだ日本人観光客にはあまり知られていないスポットがたくさんあります。
そのひとつが、チャイナタウンの隣に広がるインド人街。
バンコクのチャイナタウンは観光スポット、グルメスポットとして取り上げられる機会も多く、日本人のあいだでもよく知られていますが、そのそばにインド人街があることはあまり知られていません。
「インド人街に、誰でも無料で朝食がいただける場所がある」という情報をキャッチした筆者は、早速その場所に行ってみることにしました。
「パフラット」と呼ばれるバンコクのインド人街は、チャイナタウンの西側にあります。
目印は、インド風の商品が充実しているデパート「インディア・エンポーリアム」と、その隣にあるシク教寺院「グルドワーラー・シークルシンサパー」。
このシク教寺院は、タイにおけるシク教の総本山で、バンコクのインド人街の中核を担う存在。そして、無料で朝食をいただける場所というのが、この寺院なのです。
・シク教ってなに?
「シク教」といっても、なんのことかよくわからないという人も多いかもしれません。シク教は、インド北部パンジャブ州を中心に信仰されている宗教で、インドにおけるシク教徒の割合は全人口の2パーセント程度。
といっても、13億人以上の人口をもつインドですから、わずが2パーセントでも1000万人を優に超える数となります。
イギリスをはじめインド国外で活躍するシク教徒も多く、世界全体では3000万人のシク教徒がいるといわれており、シク教は世界で5番目に大きい宗教とされています。
・シク教徒の特徴は「ターバン」
シク教徒の外見的な特徴は、なんといっても男性がターバンを巻くこと。シク教の教義には、「身体に刃物を当ててはならない」というものがあり、髭を剃ったり髪を切ったりしないシク教徒の男性は長い髪をターバンでまとめているのです。
ただし、シク教にも異なる宗派があるうえ、個人による考え方の違いもあるので、すべてのシク教徒の男性がターバンを巻いているわけではありません。
シク教は、「働いて社会に貢献することで幸せになろう」という考えのもと、ビジネスを奨励しています。そのため、シク教徒のなかには世界を股にかけて活躍する人も少なくありません。
インド国内では少数派でも、海外で成功するシク教徒が多いことから、インド国外で「インド人=ターバン」というイメージが定着したのだろうといわれています。
・バンコクのシク教寺院
シンガポールやマレーシアなどのインド人街ではヒンドゥー寺院が目立っていますが、バンコクのインド人街の象徴はシク教寺院。これはバンコクに住むインド系住民の多くが、シク教の中心地であるパンジャブ州出身であることと関係しています。
宗教施設のなかには異教徒の入場を禁じている場所もありますが、シク教は他宗教を尊重することを大切にしているため、基本的にシク教寺院へは宗教や国籍を問わず入場することができます。
ただし、シク教の寺院内では男女問わず頭を隠さなければなりません。寺院に置いてあるバンダナを拝借するか、女性ならストールなどを持っていって頭からかぶってもよいでしょう。
・シク教徒の心のよりどころ「黄金寺院」
寺院内部に足を踏み入れると、のんびりとした南国タイの雰囲気から、独特の緊張感のあるシク教の世界へと変わりました。
シク教徒は、真面目で誇り高い人が多いので、シク教の寺院にはそんな彼らのメンタリティを反映した、清浄かつピンと張り詰めたような空気が漂っています。
シク教徒にはアーリア系の血を受け継いだ彫りの深い顔立ちの人が多いうえ、体格もがっしりしている人が多いので、見た目はちょっと怖そうに見えることもありますが、正義感が強く困っている人を放っておけないような人が多いんです。
そんな彼らの心のよりどころが、インド北部・パンジャブ州の都市アムリトサルにある黄金寺院。シク教徒にとっての最大の聖地です。バンコクのシク教寺院の壁には、この黄金寺院の絵が描かれています。
アムリトサルの黄金寺院を訪れたことのある筆者は、水に映る寺院の美しい姿と、シク教の高潔な精神にふれた感動を思い出し、感無量でした。
・無料の朝食はチャイまでついたビュッフェ式
毎朝8時半から10時半ごろまで、無料の朝食が振る舞われるのが寺院2階にあるホール。寺院にやってきた人々はまず4階のホールでお祈りをし、お布施を供えてからここで朝食をいただきます。
朝食はビュッフェ式。係の人からお皿を受け取ったら、食べたい分だけ自分でよそっていただきます。メニューは日によって若干異なるようですが、米やチャパティに加え、野菜のカレーや豆のおかずなど、ベジタリアンメニューが基本です。
さらにはあたたかいチャイまでついて、至れり尽くせり。
シク教の寺院では、足の悪い人など地べたに座るのが難しい人を除き、床に直接座って食事をいただきます。そこにいるだれもが地べたに座って並んで食べるのは、カースト制(差別)を否定する意味もあるのだとか。
まさに「同じ釜の飯」。まったく見ず知らずの人でも、隣り合って食事をとるあいだに連帯感のようなものが生まれてくるような気がするから不思議です。
「どんな人にとっても食べやすいように」という配慮がなされているのか、ここで出される食事は辛いわけでもなく、クセがあるわけでもなく、すっと食べられる優しいお味。敬意と感謝を込めて、ありがたくいただきました。
・世界各地のシク教寺院で無料の食事が振る舞われている
無料の食事が振る舞われているのは、バンコクのシク教寺院だけではありません。シク教の聖地であるアムリトサルの黄金寺院では、一日10万食もの食事が昼夜を問わず毎日無料で出されています。
規模により、毎日無料の食事が振る舞われる寺院、週一回朝食だけが無料で振る舞われる寺院など色々ですが、世界各地のシク教寺院で無料の食事が提供されているのです。
筆者が朝食会場を訪れたとき、日本語堪能なシク教徒の男性が「神戸にもシク教寺院があって、日曜日には無料の食事が出されている」と教えてくれました。
シク教寺院における食事の無料提供は、「宗教やカースト、肌の色、年齢、性別、社会的地位などにかかわらず、すべての人々は平等である」というシク教の理念を体現した大切な習慣で、500年もの長きにわたって続いているのだそうです。
バンコクのシク教寺院で無料の朝食をいただく際には、宗教の役割や皆でともに食卓を囲むことの意味について、思いをめぐらせてみてもいいのかもしれません。
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