絵本の世界を思わせるメルヘンチックな町並みで人気のエストニアの首都、タリン。

13世紀にはドイツ名の「レファル」でハンザ同盟に加盟し、ロシアとの貿易の中継地点として隆盛を極めました。商業都市として栄えた中世の面影を色濃く残す旧市街は、まるごと世界遺産に登録されています。

タリンの旧市街にはいくつもの教会がありますが、そのなかで異色の存在感を放っているのが聖霊教会。

向かいには現在エストニア歴史博物館として使われている大ギルドの会館や、タリン最古のカフェ「マイアスモック」が並ぶ賑やかな下町の中心にあります。

14世紀のはじめにはすでに記録に表れている古い教会で、タリンに現存するゴシック様式の教会としては最古のもの。市庁舎および聖霊教団救貧院付属の礼拝堂として建てられ、14世紀のなかばには、細長い塔をもつ現在の姿がほぼ整ったといいます。

ピック通りに面した外壁に埋め込まれた大時計は1684年に制作されたもので、タリンにおける最古の公共時計として今日にいたるまで時を刻み続けています。時計の四隅には福音書記者の彫像が。

この聖霊教会が特別なのは、タリンの旧市街に建つほかの教会が当時の上流階級、つまり豊かな貿易商人たちのために造られたのに対し、この教会はエストニア人の庶民たちのために建てられたものだからです。

貧しい下層の人々のための教会ゆえ、内部には「貧者の聖書」と呼ばれる新旧約聖書の物語を表した57枚の絵が描かれており、文字が読めない人々の教化に使われました。


色とりどりのステンドグラスも、抽象的なモチーフを極力使わず、そのテーマが誰にでもわかるように描かれています。

民衆のための教会だけあって、派手さはありませんが、中世の時代からタリンの人々の心の拠り所であり続けてきた場所だけがもつ、厳かで神聖な空気に満ちています。

白壁とダークウッドのコントラストが印象的な教会内部は、木製の装飾が醸し出す重厚感たっぷり。

この聖霊教会で最も有名な芸術作品が、リューベックの画家で彫刻家のベルント・ノトケが手掛けた主祭壇です。

ベルント・ノトケは、聖ニコラス教会に展示されているタリンの中世美術の傑作「死のダンス」を描いた人物としても有名。

この主祭壇は1483年に制作された木製の祭壇で、中央部にはキリストが昇天した後、12使徒の上に聖霊が舞い降りたという「聖霊降臨」の場面が表現されています。

中央の聖母マリアと12使徒の視線が上を向いているのは、彼らの視線が聖霊の象徴である見えないハトに注がれているから。今にも動き出しそうな彫像は、目を見張るほど表情豊かで色彩に富んでいます。

エストニア最古の説教壇のひとつに数えられる、1597年に造られた説教壇も見もの。

宗教改革期の破壊を逃れた貴重な芸術作品が残っているのに加え、この教会はタリンおよびエストニアの歴史においてとても重要な意味をもっています。

宗教改革以前、タリンの教会での礼拝はドイツ語で行われていましたが、宗教改革後、はじめてエストニア語で説教が行われたのがこの聖霊教会であり、現存する最古のエストニアの本は1535年にここで翻訳されたのです。

観光スポットとなった今も、ひときわ歴史の重みを感じさせるタリンの聖霊教会。こぢんまりとした空間でありながら、一度足を踏み入れれば忘れがたい静謐な空気に包まれます。

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