「政府の借金は1090兆円近くで、国民一人当たり約860万円で危機的状況である」というマスコミや識者は多い。私が消費増税を反対し、また積極的な財政政策(もちろん金融緩和は大前提)を主張すると、「田中の言うようにすれば財政が破たんする」というトンデモな人たちを見かけて驚いてしまう。
たぶんその人たちは、最低でも2つの点を理解していないと思う。1)日本銀行や政府関係機関を含んだ広義の政府部門で考えていないこと、2) 「借金」しか見ずに政府の資産をまったく無視していることである。
財務省の出向者の意見を反映してしまい国際的な経済機関であるIMF(国際通貨基金)は日本にしばしば消費増税や財政再建を勧告する。ただし財務省の担当者の影響が及ばない、より客観的なレポートでは、面白い分析を提示することがある。10月に出た「財政モニター」は、各国の政府の財政事情を、企業の会計原則に準ずるものとしてバランスシートを分析している。
日本の財政を90年代から世界に先駆けて資産と負債のバランスシートの構築をした高橋洋一嘉悦大学教授らの貢献が有名である。私も常にこの分析では高橋教授の示唆を大切にしている。また同様の分析をコロンビア大学教授のディビッド・E・ワインシュタイン氏も提起してきた。私のようないわゆる「リフレ派」(デフレを脱して低インフレで経済を安定化させる政策を主導する人たち)も同様の政府のバランスシート分析に立脚し、増税マスコミ・増税政治家、そして財務省などの財政危機論者を批判してきた。
日本は言われるほど財政危機ではない。しかもアベノミクス採用以降は財政状況が劇的に改善している、というのが高橋氏をはじめとする我々リフレ派の主張である。
この主張を裏付ける日本だけではなく、世界各国の政府のバランスシートをIMFのスタッフが明らかにしたのである。これは重要なレポートだ。
先ほどの日本の財政危機論者たちが利用する「日本の借金」だけに注目する論法だと、日本の債務とGDP比率、より簡単にいうと借金と経済の大きさの比率は、200%を超える。だがこれはいま書いたように正確ではない。借金(債務)だけに注目してしまい資産を考慮にいれていないからだ。さらに政府の範囲も最も小さい。IMFのレポートでは、各国の中央銀行や政府関連機関を含んだ広義の政府で計算している。
日本を含む主要国のバランスシートを図表にしたものが以下だ。図表はIMFのレポート(https://www.imf.org/en/Publications/FM/Issues/2018/10/04/fiscal-monitor-october-2018)を一部簡略化している。
この計算結果をみると、日本の純債務(正味の借金)の規模は、米国、ドイツ、フランスなどよりはるかにいい。私が月刊誌『WiLL』の三月号に寄稿した論説でも純債務のGDP比率は、2014年以降現時点まで縮小傾向にあることを示した。特にその主因は、日本銀行の積極的な国債買い入れに基づく。日本銀行の金融緩和が継続し、それが経済の安定化に寄与すれば、これからも財政状況の健全化と経済規模の拡大がすすんでいくだろう。
もちろん大きな障害がある。それが来年の消費増税だ。このIMFのレポートには興味深い図表がもうひとつある。それは冒頭に紹介したように、財務省の宣伝である「日本の借金は1090兆円! 財政危機」というフェイク・ニュースを信じてしまうと、経済が落ち込んでいるときでも積極的な財政政策をとれないということだ。
図2の垂直軸のFISCOは財政安定指数というもので、1に近いほど、経済の落ち込みに対応して財政出動をしていることをしめしている。つまり0に近いほど不況に対して緊縮的である。横軸には広義の政府部門の純債務ではなく、狭い政府の債務とGDPの比率が描かれている。これをみると日本の財政は、財務省などの財政危機というフェイク・ニュースに束縛されてしまい、経済低迷期に積極的な財政政策をとれないことを意味している。
もちろんいまは経済低迷期ではない。だが完全に長期停滞から脱したといわれれば答えはノーである。その道はいまようやく終わりが見えかけたところである。そこでまた消費増税をしかけることは、ふたたび経済を後戻りさせる特上の愚策である。
日本が財政危機である、というフェイク・ニュースは他にもいくつかの視点で問題を指摘できるが、今回このような世界標準の分析が出てきたことは、高橋洋一氏のように先駆的な識者の貢献を忘れないためにもここに記録し、多くの人に知ってもらいたい出来事である。
増税マスコミ、増税政治家、そして財務省に騙されてはいけない。