東京・渋谷区のNHK放送センターそばの路上で、5月18日夜、韓国国籍の李宰弦(46)が同所から出てきたNHK関連の映像制作会社に勤務する男性(48)に後ろから刃物で切りかかるという事件があった。

被害男性は首の右側に長さ15センチ・深さ5センチの傷を負ったものの、さいわいにも軽傷。犯人の男は翌19日に出頭しており、殺人未遂容疑で逮捕される見込みだが、不法残留中の疑いもあり、出入国管理法違反の容疑ですでに逮捕されている。

ここで注目したいのは犯行の動機、つまり容疑者が「NHKの報道内容に不満」「日本のメディアに腹が立った」「無責任な報道をするメディアへのメッセージだ」と話している点だ。

一般視聴者にとって、NHKの報道姿勢はかねてから「韓国寄り」だと言われてきた。実際に報道姿勢のみならず、番組プログラムを見てもそれは顕著で、総合テレビで放送される唯一の海外ドラマは韓国ドラマであり、年末の『紅白歌合戦』でも多くの韓国人アーティストが登場する。

韓国放送公社(KBS)の日本支社は、まさに事件が起こった渋谷の放送センター内にある。日々の国際ニュースやドキュメント番組の論調も、韓国がこれまで主張してきた根拠不明な歴史観に基づいて作られていると感じる声も多かった。しかし、韓国籍の李容疑者は、そんなNHKに不満を持っていたという。彼らにとって、NHKの何がそんなに不満だったというのか。

■タイミングが一致する、16日『あさイチ』の「日本軍が韓国に侵攻」字幕

警察からは容疑者の動機について公式な発表はない。李容疑者が出頭した渋谷署の刑事課も筆者の取材に対し、「捜査中につき、発表することは何もない。各自で(報道機関などに)問い合わせてください」との回答だった。というのも、上記の「不満」とする李容疑者のコメントは、産經新聞などが捜査関係者などから明かされたという体裁になっているからだ。

だが、ソーシャルメディア上では、”ある放送”が俎上にのぼり、注目が集まっている。それが16日に放送された『あさイチ』(NHK総合)である。犯行の日時は18日の夜9時、その直近で放送され、かつ韓国関連で物議をかもしたというとこの番組になる。

同番組では、外国人向けの東京下町ツアーについて特集。そこに出演した日本人ガイドが英語で『日本軍は米国を攻撃し、中国や東南アジアを侵略した』と説明したにも関わらず、番組が用意したテロップにはわざわざ韓国の二文字が付け加えられ、『韓国 中国 東南アジアに侵攻した』となっていたのだ。

その後、番組では放送中に「×韓国 中国 東南アジアに侵攻しました ◯中国 東南アジアに侵攻しました」とする、形式的なおわびと訂正が入ったが、いうまでもなく「日本軍が韓国に侵攻」したかどうかは、解釈の分かれる歴史認識を含むデリケートな問題なはず。こうした同番組の放送内容に眉をひそめた保守層は多かったが、それと同時に番組側が中途半端な訂正を入れたことで、李容疑者がNHKに腹を立てたという可能性もある。

ちなみに李容疑者が犯行に及んだ同センター内の「CT-114」というスタジオでは『あさイチ』の収録が連日行われている。李容疑者男はそれを承知で渋谷の放送センターまで赴いたと考えるには十分に条件が揃っている。

■番組に対する疑問への、NHKのいい加減すぎる対応

だが、ここでひとつの疑問が浮かび上がる。李容疑者がNHKの番組を見て腹を立てたくらいで、放送センターまで行って殺人未遂に及ぶのだろうか。『あさイチ』のおわびと訂正が要因であったとしても、凶行の直接的な引き金になり得るとはとても思えないのだ。

もちろん、これは憶測に過ぎないのだが、李容疑者は凶行の前に、NHK及び同番組に対し、手紙なり電話なりで抗議をしていたのではないかと考えられ、その一連の流れの中で凶行を決意したのではないかーー。筆者はほんの数日前の取材を思い出していた。

NHKの視聴者窓口「ふれあいセンター」には毎日何百もの苦情が寄せられている。14年には当時の籾井会長が問題発言をし、わずか3週間で2万600件ものクレームや問い合わせが届いたという記事(時事通信)が残っている。だが、そんなNHKの番組に対する視聴者対応は、かなり杜撰なことで知られている。

通常、NHKはネットなどで調べられる視聴者対応の電話窓口を「ふれあいセンター」に一本化している。そして、ここでの意見は「そのような声があったと伝えます」と、あくまで一方通行で終わり、NHK側からの回答はない。だが、それは受信料を払っている視聴者に限ったことではなく、メディアからの問い合わせに対しても似たりよったりの現実がある。

じつは、この16日の『あさイチ』放送に関しては筆者も疑問を感じ、NHK広報部に以下のようなコメントを求めていた。

(1)なぜ、発言になかった「韓国」という言葉が付け加わったのか? どのような経緯でミスが起こったのでしょうか。誤訳ではなく、フレーズが追加されてる点に関心が集まってます。

(2)(日本が)韓国に侵攻したという部分は歴史的に解釈が分かれる認識が一般的かと思います(1910年に併合との見方も多い)。一方的と思われる解釈を、外国人に向けて発信されている放送に偏りがあるとはお考えでないでしょうか?

上の質問状を「5月17日の昼」に広報の担当者に直接電話で話し、質問をFAXした。その後、回答があったのは丸4日以上だった21日の18時という、じつにのんびりとした誠意のない対応だった。

しかも、そこに記されていたのは、「勘違いをしてテロップを制作しました。表記に間違いがあったため、17日の放送で訂正させていただきました」という、ごく簡単な文言のみ。ふれあいセンターのように「門前払い」を食らうことはなかったが、長い時間待たされた上でとても納得いく答えではなかった。温厚な筆者だから良かったものの、思想が偏った人物がこんな対応されたら、きっとぶち切れるだろうなあ、と考えていた矢先の事件だった。

「無責任な報道をするメディアへのメッセージだ」と警察に語った、李容疑者。報道を暴力で脅かす無法テロリストな犯罪者ではあったものの、もし、『あさイチ』があんなにいい加減なテロップを付けていなければ、このような事態は避けられたのではないか。また、NHKが視聴者に対して、誠意あるクレーム対応をしていれば防げたのではとも考えてしまう。

李容疑者の犯行は絶対に許されるものではなく、厳罰に処されるべきである。しかし、その一方で半ば強制的に徴収された莫大な視聴料で運営される巨大メディア・NHKが、視聴者の問題意識に対し、まともな対応をしていないという現実も合わせてお伝えしておきたい。