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この党大会でヒトラーはニュルンベルクを「帝国党大会の都市」とすることを宣言し、第二次世界大戦が開始されるまでの間、第5回党大会を含めた合計6回、ニュルンベルクのルイトポルトハイン(Luitpoldhain)を中心としたエリアで党大会が開催されます。

実はニュルンベルクが党大会の場所として選ばれた理由はニュルンベルクという地理的な利便性やニュルンベルクのナチ党のもつ他の地域よりも強い組織力など実用的な理由が中心でした。

しかしながら、かつてニュルンベルクが神聖ローマ帝国の中心地のひとつで、皇帝カール4世の1356年の「金印勅書」以来、1543年まで帝国議会の開催されてきた街であったという伝統と後に結び付けられてしまったため、ニュルンベルクがナチ党党大会が行われる街として正当化されるようになってしまいます。

現在のルイトポルトハイン(Luitpoldhain)には当時のナチ党党大会が開催された時の写真と解説がそれぞれの象徴的な出来事が開催された場所に立てられており、現在のルイトポルトハインとかつてのルイトポルトハインとの違いを感じることができます。

かつて多くの人々が隊列を成し、ヒトラーの名を声高に叫び群衆が熱狂していた場所は、

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一面の緑が広がる場所になっています。

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