2018年4月13日、政府は「漫画村」「Miomio」「Anitube」を事実上名指しする形で”緊急対策”を行うことを閣議決定しました。

いままで通信の秘密を護持する立場でこの手の問題に対して慎重な姿勢を崩さなかった総務省の態度が一変し、民間のプロバイダー事業者(ISP)に「漫画村」など特定サイトへのサイトブロッキングを促していく方針を発表。すでに総務省審議官がISP各社に対して要請を始めており、大変な物議を醸しております。このブロッキングについては、改正著作権法などの法整備が行われるまでの「臨時的かつ緊急的な措置」としていますが、この緊急避難とは、「急迫な危険・危難を避けるためにやむを得ず他者の権利を侵害したり危難を生じさせている物を破壊したりする行為であり、本来ならば法的責任を問われるところ、一定の条件の下にそれを免除されるものをいう」刑法37条で認められているもので、果たして今回の海賊版対策が緊急避難にあたるのか、騒ぎになっているわけです。

この刑法上の緊急避難にあたる、あたらないは、非常に重要な議論です。問題となるのは憲法で認められている「通信の秘密」や「検閲の禁止」に抵触するおそれがあるサイトブロッキングがあらゆる手を尽くしたうえでの緊急導入かという話なのですが、警察庁、警視庁に取材をしてみると、どうも「権利者からの被害届が出ておらず、警察庁も警視庁も事件としてそもそも認知していない」状態なのではないかと見受けられます。

【号外】「漫画村」ブロッキング問題、どこからも被害届が出ておらず捜査着手されていなかった可能性 | プレタポルテ by 夜間飛行
http://pret.yakan-hiko.com/2018/04/18/yamamoto_180418_ex/

あくまで所轄署の相談があったかというレベルだと、福井健策さんの言う「手を尽くした」とはとても言えない状況であって、緊急避難の要素を満たさないのではないかと危惧されます。本当に問題であって、事件であり、犯罪捜査が行われ、それでもなお漫画村運営が捜査を掻い潜っていて被害が拡大しているということでもない限り、さすがに厳しいのではないでしょうか。

で、問題の「漫画村」や「Anitube」などを運営してきた星野ロミさん方面の話で申しますと、非常に近しい関係先であった広告代理店の株式会社エール(代表取締役 青木淳、東京都渋谷区)は16日夕刻から誰も会社にいないもぬけの殻状態となっています。電話も出ず、呼び鈴を鳴らしても誰も出ません。

このエール社ですが、2ちゃんねる系まとめサイトでは縁の深い存在で、大手まとめサイトであった「やらおん!」分裂騒動でも話題になる、アングラ界隈古参の広告代理店、メディアレップです。まとめサイトの商業化を嫌う嫌儲騒動の際には、出会い系サイトやアダルトサイトのタイアップ広告をエール社が売っていた過去があります。

一方、エール社は東京都認可の宅建事業者であり、地域の賃貸不動産仲介などを本業としています。エール社の取引を良く知る不動産情報会社の担当者は「あまり手広く扱うような派手な会社さんではない」と取材に応えています。

http://www.takken.metro.tokyo.jp/TIGV0400?LICENSENO=13101367&MENUID=TIGJ0300&P3=10&PAGEID=201&SHOZAICHI=%8Fa%92J%8B%E6&SRCCTG=shozaichi

また、東京都都市整備局住宅政策推進課は取材に対し「違法サイトに広告を出したことのみでは、ただちに処分対象にはなるわけではありません」としたうえで「処分を下すのは、欠格要因に該当する場合で、都が独自調査を行ったうえで著作権違反幇助罪などがエールに適用されますと欠格要因を満たし、処分の対象となります」(不動産業課長)。エール社が届け出た営業所に不在である点を指摘すると「事務所として機能していないことを整備局の調査で確認した場合、処分になります」(同)との回答でした。

通常のウェブ会社であれば、炎上案件を抱えた際に雲隠れをするのはあり得る話ではありますが、さすがに認可事業である不動産事業で登録した事務所ごと連絡がつかなくなるというのはかなり悩ましい問題ではないかと思う次第であります。

さて、このエール社が漫画村ほか関連サイトにアドネットワークとして広告を掲載するための窓口業務を重ねて行ってきたようですが、このエール社にOEMでアドネットワーク用のテクノロジーを提供していたのが上場しているアドテク会社、ジーニー社であります。さすがに騒ぎになったので反省文を掲載しておりますが、すでにジーニー社内からは「漫画村など関連サイトなど、適法性が疑われるサイトに積極的に広告配信をするために、これらのサイトの問題を知っていて広告配信技術をOEMに出した」などの情報が漏れて出回りつつあります。

政府が発表した海賊版サイトへの対応に関するお知らせ | ニュース | 株式会社ジーニー Geniee,Inc.
https://geniee.co.jp/news/20180417/140

広告配信のジーニー、「漫画村」など不正サイトへの広告を停止したと発表 - ねとらぼ
http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1804/17/news122.html

ジーニー社に取材をしたところ、「山本様のご指摘のとおり、OEMとしてプラットフォームをご提供している企業様のお取引全てを把握することは難しい上、実態として不正の有無に関する明確な判断が難しいケース等もございます」としたうえで「システムの悪用に関しましては、システムの脆弱性対策を行っております。また、OEM先企業様との規約上で禁止しており、万一、悪用される事象が発覚しました場合には、速やかに停止する措置等をとる所存です」とのことです。

ただ、冒頭の記事でも触れました通り、警察庁、警視庁は、どうやら漫画村ほか関連サイトの問題については、正式に被害届が受理されていないなどの理由で事件化していないのが現状のようです。しかし、さらにジーニー社が出したIRコメントに気になる箇所が多数見受けられます。

4月17日発表のプレスリリースの補足説明 | ニュース | 株式会社ジーニー Geniee,Inc.
https://geniee.co.jp/news/20180418/141

[引用]

漫画村につきましては、OEM先事業者による配信がなされていることを、外部からの問い合わせ等により確認をしており、弊社のOEMシステムにおける利用規約に則り、停止措置の実施を検討しておりましたが、同時期に警察機関からの当該サイトについての調査依頼ならびに捜査協力要請を受け、警察機関に報告を行ったところ、捜査のために配信を停止しないよう要請があったことから、捜査協力のためOEM先事業社による配信を継続する運びとなりました。 その後、弊社のレピュテーション観点も鑑み、2017年11月に、警察機関に対して改めて広告配信の停止措置を取りたい旨、相談を行った結果、正式に警察機関より捜査観点においても停止の許可を受け、OEMシステムにおける利用規約に則り、広告配信の停止措置等を行ってまいりました経緯がございます。

この「警察機関からの調査依頼ならびに捜査協力要請」があり、報告したら「操作のために『配信を停止しないよう要請があった』ことから、配信を継続した」とあります。つまり、警察に言われたから違法とみられる漫画村ほか関連サイトの営業に協力し続けておりました、という話になってしまいます。

ここで、政府の知的財産戦略本部で叩き台になった資料の元グラフを見てみましょう。ジーニー社に対して「外部からの問い合わせ」を行ったうちの一社は、漫画などの電子配信を事業にしている大手コンテンツ管理会社メディアドゥ社からの打診であると見られますが、そのメディアドゥ社が電子コミック配信の状況を説明しているのが以下のリンクです。

海賊版サイトの影響について
https://www.mediado.jp/mdhd/2241/

もちろん海賊版サイトの拡大によって漫画の電子配信が打撃を受けている様子はグラフから見て取れなくもないのですが、しかし、Y軸を見ていただければわかる通り実際には「減少している」のではなく「伸びが止まった」状態であると言えます。また、大手出版社や対前巻比でコミックの売り上げが減少しているとしていますが、対象が匿名であり、下落した理由が海賊版によるものなのか、単にその出版社が抱える漫画のシリーズ構成が劣化していたり、特定の漫画が単に飽きられているものなのかが分かりません。何より、メディアドゥ社の取り扱いにおいて「若年層向け電子書店売上は伸び率が減少」と言いつつ前年割れはしておらず、その大手出版社がマイナスに転じていても全体は引き続き伸びているので「この伸び率鈍化は海賊版の影響なのだ」と言われても事実関係が判然としません。

もちろん、漫画を扱う出版各社にとっては危機感を持ちうる状況ですので早くどうにかしろというべき状況ですが、実際には昨年17年7月からソフトバンクやKDDIは帯域制限を行う名目で勝手にブロッキングしてしまっています。

違法ダウンロードサイト「漫画村」がソフトバンク規制により世間に見つかってしまう
https://koji.tech/?p=10176

これらの接続規制が誰の手によるものなのかは福井健策さん以下知的財産戦略本部など限られたメンバーしか知らないのかもしれませんが、政府が法整備の前にブロッキングを実施するという話を繰り広げる前から、実際にはひっそりと規制をしていたことはもっと知られていていいと思います。

そのうえで、ブロッキングの対象として名指しされた3サイト「漫画村」「Anitube」「Miomio」は現在サーバーがダウンしていて接続できない状態になっていますが、この運営者関連とみられるサイトがすでに立ち上がっており、前述したジーニー社以外のアドネットワークも普通に広告を配信し、海賊版サイトとして営業しています。

つまり、本件は盛大な茶番に過ぎず、ブロッキングは実効面でも法律面でも騒ぐだけ無駄な事案であって、著作権法違反事案があったならば漫画家その他が協会でも作って粛々と被害届を出して警察庁警視庁がプチプチと潰していくしか方法がないのではないかと思います。

このような実態や技術への理解なくして安易にブロッキング議論を先導してしまう政府の知的財産戦略本部のやり方は杜撰としか表現のしようもなく、それに流されてしまってISPに要請までかけてしまった総務省の審議官クラスは本当に反省していただきたいところです。