ハマムは、トルコやアラブ諸国、イランなどの中東地域、またその周辺の中央アジア諸国にもみられる伝統的な公衆の浴場です。「清潔は信仰の半分」というイスラムの教えに、「身体を清潔にする」というハマムの役割が合致したため、ローマ人の浴場文化を引き継いで、ハマムはイスラム世界の歴史の中で急速に発展してきました。

トルコ最大の都市、イスタンブールには、ハマム全盛期の17世紀には1万を超えるハマムが存在し、身体の汚れを落として清潔にするだけでなく、近所の人たちとの社交の場としても利用され、宮廷のスルタンにはもちろん、庶民の日常生活においても重要な役割を果たしてきたのです。

いまでこそ数は減ってしまったものの、イスタンブールには歴史あるハマムがまだまだ残っており、地元の人はもちろん、旅行者でも実際にハマム体験をすることができるのです。

イスタンブールの新市街のトプハーネ地区は、ボスポラス海峡に面し、港として栄えた開放感のあるエリアで、周辺には新市街の観光名所であるガラタ塔やタクシム広場、イスティクラル通りなどがあります。旅行中でもアクセスしやすいトプハーネ地区にある、イスタンブールを代表する歴史あるハマムが、「クルチ・アリ・パシャ・ハマム」です。

イスラム世界では、ハマムはモスクや神学校(メドレセ)と同様に重要な施設とされていたため、このハマムもクルチ・アリ・パシャ・モスクや神学校、霊廟を含む複合施設の一部になっています。

クルチ・アリ・パシャ・ハマムはオスマン帝国時代に活躍した海軍の大提督、クルチ・アリ・パシャの命によって、1578年から1583年にかけて建設されました。このハマムを含む複合施設の設計を手掛けたのは、トルコ史上最高と評される宮廷建築家、ミマール・スィナン。スィナンは、イスタンブールのスレイマニエ・モスクやリュステム・パシャ・モスク、ミフリマー・スルタン・モスク、さらにエディルネの世界遺産でもあるセリミエ・モスクなど、当時のオスマン宮廷における重要な人物のためにいくつもの建造物を残した偉人です。

海軍のトップによる命によって建てられたとだけあり、ハマムは当初、オスマン海軍の海兵が入浴するのが目的で造られました。時は流れ、現在では一般の人も入浴できるハマムとして利用されています。

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