物価高が続くなか、賃上げの動きは全国に広がっている。しかし、名目賃金が上昇する一方で実質賃金は伸び悩み、企業側の負担は確実に増している。
特に中小企業の多い地方では、「賃上げを続けなければ人材を確保できないが、これ以上の固定費増は厳しい」というジレンマが顕在化しているのが実情だ。
そうしたなか、東京で広がってきた「#第3の賃上げアクション」が、いよいよ地方展開へ。2026年の第一弾として福岡でキックオフイベントが開催された。福利厚生を活用して実質的な手取りを増やすこの取り組みは、賃上げ疲れの解決策となり得るのか。
プロジェクト特設サイト:https://edenred.jp/the3rd_chinage
東京発「第3の賃上げ」、地方展開へ
「第3の賃上げ」とは、定期昇給(第1)、ベースアップ(第2)に続く新しい賃上げの形として、福利厚生を通じて従業員の実質手取りを増やす手法を指す。
2024年にエデンレッドジャパンが発起人となりスタート。現在、賛同企業は180社(2026年1月時点)に拡大し、全国認知率は37.4%まで上昇している。
背景にあるのは制度改正だ。食事補助の非課税枠は42年ぶりに改定され、月額3,500円から7,500円へ引き上げられた。給与として支給すれば税金や社会保険料が差し引かれるが、一定の要件を満たした福利厚生であれば非課税で受け取れる。企業側にとっても税負担軽減につながる。
こうした大きな環境変化もあり、プロジェクトは地方拡張フェーズへと移行した。東京の事例で終わらせないという意思が、福岡開催という形で示された。
なぜ福岡なのか。半導体集積と「賃上げ二極化」
福岡を含む九州エリアでは、半導体関連産業の集積が進み、採用需要が急速に高まっている。連合福岡によると、2025年の福岡県の賃上げ率は5.63%と過去最高水準を記録した。
しかしその一方で、帝国データバンク福岡支店の調査では、九州・沖縄地区における「人手不足倒産」は2年連続で過去最多を更新している。人材確保競争の激化が、企業経営を圧迫しているのだ。
さらに、「第3の賃上げ」の認知率は全国平均37.4%に対し、九州エリアでは35.2%とやや低い。成長産業が集積し賃上げ圧力が高まる一方で、新たな選択肢の浸透は十分とは言えない。
つまり福岡は、成長と不安が同時進行する「賃上げ二極化エリア」だと言える。
賃上げをしなければ人が集まらない。しかし賃上げを続ければ経営が圧迫される――。そのジレンマが最も先鋭化している地域だからこそ、地方展開の第一歩として選ばれた意味は大きい。
3社それぞれの役割──「第3の賃上げ」をどう実装するのか
今回の福岡アクションには、エデンレッドジャパンに加え、freee、リゾートワークスの3社が参画している。
特徴的なのは、3社が「競合」ではなく、生活コストの異なるレイヤーを補完する関係にある点だ。
■ エデンレッドジャパン|日常の「食」で手取りを守る
ICカード型食事補助「チケットレストラン」を提供。企業が補助する仕組みで、非課税枠拡大により年間最大9万円分を非課税で受け取れる可能性がある。物価高の影響を受けやすい日常の「食費」に直接アプローチする。
■ freee|住居費など固定支出を軽減
freeeは、中小企業向けバックオフィス支援を基盤に、福利厚生制度の設計・運用をサポートする。借り上げ社宅サービスに限らず、各種非課税制度の活用を通じて可処分所得を高める仕組みづくりを支援。企業ごとに最適な“制度設計”を伴走型で構築できる点が特徴だ。
■ リゾートワークス|旅行という「体験価値」を提供
全国の宿泊施設を最大80%割引で利用できる福利厚生サービスを展開。二親等以内の家族まで利用可能で、出張や研修利用にも対応。直接的な生活費軽減ではないが、エンゲージメント向上や採用力強化に寄与する。
このように「日常(食)」「固定費(住)」「体験(余暇)」という3層を組み合わせることで、単発ではなくハイブリッド型賃上げとして実装するのが今回の特徴だ。
発表会では「賃上げだけでは限界がある」「福利厚生はコストではなく投資だ」との声も上がった。給与と福利厚生は対立するものではなく、補完関係にあるという認識が広がりつつある。
福岡限定キャンペーンも始動
今回の福岡アクションでは、県内企業を対象にした導入応援キャンペーンも発表された。食事補助サービス「チケットレストラン」のシステム利用料を3か月無料とする内容で、導入ハードルを下げる狙いがある。
賃上げの原資確保に悩む中小企業にとって、「まず試せる」環境整備は重要だ。制度の存在だけでなく、実装機会を提供することが地方浸透のカギとなる。単なるスローガンではなく、「まず動かす」ための仕掛けが用意されている点も印象的だったキックオフイベントである。
トークセッションから見えてくる「実感値」というキーワード
発表会の後半では、導入企業によるトークセッションも行われた。そこで繰り返し語られたのは、「金額」よりも「実感」という言葉だった。
登壇企業の一社は、「数千円のベースアップは明細を見ないと気づきにくいが、食事補助や宿泊補助は“会社が支えてくれている”と体感しやすい」と語る。別の企業からも、「福利厚生はコストではなく、社員との関係性を築く投資だ」という発言があった。
賃上げは確かに重要だ。しかし、税や社会保険料の影響を受ける給与増だけでは、物価高のなかで生活改善を実感しにくいケースもある。福利厚生は、生活費を直接軽減するだけでなく、会社からのメッセージ性を伴う点に特徴がある。
つまり、「第3の賃上げ」は単なる制度論ではなく、体感できる支援として設計されていることが、このセッションから浮かび上がった。数字としての賃上げではなく、“体感としての賃上げ”。その発想の転換こそが、このアクションの核心なのかもしれない。
地方から広がる持続可能な賃上げモデル
これまで「第3の賃上げ」は東京中心のムーブメントだった。しかし、賃上げ圧力が高まる地方こそ、その真価が問われるステージかもしれない。
給与を上げるか、経営を守るか。その二択に悩む地方企業にとって、福利厚生を活用した“第三の道”は、持続可能な人材戦略となり得るのか。
福岡発のこの一歩が、地方における賃上げの発想を変える契機となるか。今後の展開が注目される。