ということで、速報も出ておりましたが韓国・文在寅大統領と北朝鮮・金正恩朝鮮労働党委員長の歴史的な会談が行われ、耳目を集めております。

【更新中】金氏と文氏、2人で語らいの時間 南北会談:朝日新聞デジタル https://www.asahi.com/articles/ASL4W4K7GL4WUHBI03R.html

結局のところ、朝鮮半島の非核化は努力目標とされ、先に核兵器開発のための拠点の廃棄を宣言した北朝鮮の声明も「そもそも実験事故が発生したため稼働できる状態にない施設であった」と判明してしまったため、北朝鮮はかなりの確率で南北会談は核兵器開発とその配備までのあいだの時間稼ぎに使っているだけではないかと考えられるわけであります。

すでに多くの安全保障研究者が指摘している通り、北朝鮮・金正恩書記長は比較的賢い人物であること、また韓国・文在寅大統領の朝鮮半島での戦争を全力で回避する意向でかなりの覚悟で朝鮮半島の平和の実現を望んでいることは間違いありません。一方で、北朝鮮としては韓国との会談はアメリカや中国の「野合」を牽制し、北朝鮮の金体制崩壊後の朝鮮半島の未来について頭越しに話し合われることを避けるためにも、韓国の親和的な姿勢を引き出し、対米、対中の意向も踏まえてきちんと外交上の主導権を取り戻そうとしたのでしょう。

しかしながら、究極の意味では核兵器カードはこれらの外交努力の終着点であり、非核化をちらつかせながらも具体的な時期も方法も出すことなく平和的なムードを構築することで核兵器開発と配備までの時間を稼ぐことは「おいそれと北朝鮮を攻撃できなくなる」という絶対的なポジションを北朝鮮に与えます。金正恩書記長に絶対的な忠誠を誓う親衛隊でもある戦略ロケット軍の存在は大きく、まずは北朝鮮の核配備、それからこれをカードにしての対韓、対米、対中外交を有利に進めようという話でしょう。

一方、我が国の対応は河野太郎外相の姿勢も相俟って、非常に静かで、冷静なものがあります。いまのところ、この歴史的な南北会談について「歓迎」や「評価」などの前向きな文言を一切使わず、あくまで交渉の進展については韓国からの随時の連絡があるという内容について触れて注視する態度を崩していません。

もちろん、日本にとっては北朝鮮も韓国も、そして中国も隣国ですし、アメリカは実質的な軍事同盟関係のある友邦です。ただし、ご承知の通り朝鮮半島は38度線を休戦ラインとした、外交上は休戦状態であって、韓国はアメリカを中心とした国連軍の、北朝鮮は中国との軍事同盟を背景に「戦争をやめている状態」です。

つまり、朝鮮戦争は日本は政治的にも外交的にも関係ありません。ロシアも同様です。無関係なので、朝鮮戦争の休戦に関する話は、立ち入るべき立場にないのです。北朝鮮とは国交もなく、極論を言えば核兵器を開発したり、新たな日本人拉致のような真似をしでかさない限り、日本人の拉致被害者が帰ってきてくれること以外は噛みに行く理由がありません。

日本とロシアを交えた六か国協議の枠組みは、あくまで東アジアの安全保障をめぐる話し合いの延長線上にあるものですので、本来の休戦状態からの朝鮮半島の安全宣言、韓国・北朝鮮間の和平は、アメリカ、中国を各々後見人とした合意事項となるであろうというのは既定方針でしょう。それゆえに、日本の役割は国連決議で決まっている北朝鮮への経済制裁を確実に実行するべく各国に働きかけるというレベル以上のことをする必要はないでしょうし、万が一、北朝鮮が和平ムードをぶち壊すような核実験や限定的な戦争を起こした場合には、粛々とアメリカ軍と一緒に対処するというところに留まります。

それもあって、日本にできることはありません。北朝鮮に陸上部隊を揚げて占領し留まる能力もなければ、北朝鮮軍に打撃を加えられるような充分な航空戦力やミサイル攻撃能力があるわけでもありません。あるいは、国連決議がある前提では何かの条件を北朝鮮から引き出すために経済支援のような飴玉を投げ込むこともできないでしょう。

日本が蚊帳の外だというのは、実は大変ありがたいことです。解決するための外交上も軍事上も経済上もツールが無いなかで、日本が果たすべき役割を設定されても、そもそも北朝鮮と交渉しようもありません。なので、アメリカと韓国に対北朝鮮問題についてはお任せする、何か必要なことがあれば教えてね、教えてくれなければ何もしませんよ、で全く構わないのです。

万が一、北朝鮮が核兵器開発に成功したり、朝鮮半島が非核化されて南北統一したり、北朝鮮でクーデターでも起きて混乱に陥ったりしたら、初めて日本は別のオプションを考え始めることになります。自衛隊は正式に軍隊として憲法改正をしようという機運になるかもしれませんし、北朝鮮の核兵器に対抗するためにも核武装するべきという話は出てくると思います。また、仮に北朝鮮が崩壊するのだとしたら、中国が北朝鮮を自治州にする方針になるかもしれませんし、韓国と北朝鮮が併合して悲願の民族統一を果たしたとき、これが民主的な政体になるのか、金王朝を象徴とするような立憲君主制になるのかも注目されることです。

しかしながら、どれも日本には関係のないことです。と言いますか、手出しできないし、手出しする必要もないので、どうなってもいいように、準備をしておくだけのことです。北朝鮮は現状維持が望ましく、拉致被害者が早期に帰ってくればそれがベストですが、核兵器の開発に成功され、拉致被害者が高齢となりもう生きていないのだとなれば、また別のオプションを用意することが求められます。そういう現状変更が起きた際に、日本がどれだけ柔軟に、したたかに立ち回れるかは、かなりの部分が日本人の考え方次第であると思います。

ロシアとしても、北朝鮮が変に崩壊したり、韓国が主導権を取る形ですぐ隣にアメリカ軍の息のかかった地域ができるというのは考え物です。アメリカと中国の関係も、この東アジア情勢が東南アジア・南シナ海への中国の進出に与える影響は大きくなります。この問題が、本当に燃え尽きる前のろうそくなのかどうかは未知数ですが、一喜一憂せず、冷静に見ていくことが必要なんじゃないかと思いますし、日本の核武装や安全保障体制について、あるいは憲法改正といった話が、安倍政権のすったもんだとは全然違う角度から出てきたとき、日本にとってポスト平成の政治体制が問われていくのでしょう。