日本をダメにする四角形は、増税政治家、経団連、マスコミ、そして財務省である。この四つの集団は既得権益でがっちりとお互いがお互いを支えている構造でもある。経済評論家、上念司氏の新作『経団連と増税政治家が壊す本当は世界一の日本経済』(講談社+α文庫)は、題名にあるようにこの四角形のうち「経団連と増税政治家」に焦点をおくものである。ただしその他の財務省、マスコミの在り方にも容赦ない批判を本書は加えている。

国民の生活の基本はなによりも経済である。日本経済をダメにすることは日本そのものをダメにするだろう。そして日本経済をダメにする最凶のカードは、消費増税と金融緩和の否定である。

2014年の消費増税の影響は深刻である。最近、岩田規久男日本銀行前副総裁と会話する機会を得た。なぜ消費増税の悪影響が日本では強くそして長期間にわたって残り続けるのか?

岩田氏と筆者が意見を同じくした点は、日本では貧しい人たちがあまりにも多いことが消費増税の影響を大きく長くしているという点だった。

そもそもなぜ貧しい人が多いのか。上念司氏の本でも繰り返し指摘されているように深刻なデフレの長期化、つまり「失われた20年」に原因がある。貧困世帯には、非正規雇用で働く不安定な収入の人たちやまた年金暮らしの高齢者が多い。デフレの長期化によって、非正規雇用者は拡大し、また十分な老後のたくわえをもたない高齢者世帯を激増させた。

消費増税は「逆進性」という性質をもっていて、生活がただでさえ苦しい人たちをさらに追い詰める。社会を分断させ、格差と持続的な貧困をもたらす。最悪の税制が消費税である。

この消費増税を推し進める代表的な勢力は、もちろん政治家だ。特に上念氏のつけたニックネームとしての「増税政治家」。与党だけではなく、野党にも実に多い。例えば、「教育国債」というものがある。上念氏の言葉を引用しよう(適宜省略してある)。

「教育はリターンの高い投資です。日本の公的な教育投資はGDPに比べてあまりに低いため、ほんの少し投資するだけで三倍から、上手くすると10倍以上のリターンを生むことが、国際機関などの調査で明らかになっています。そこで、ドーンと教育国債を30兆円ぐらい発行して財源にすべきです。運がいいことに、現在、日本の国債市場は国債不足で金利がマイナスになっています。チャンスです。この絶好のタイミングに、なぜ国債を使って教育投資を拡大しないのか?」

教育国債はまさに将来、日本を担う人たちを生み出すための投資だ。これに反対する政治家は多い。いまの政府も教育無償化の財源を消費税に依存しようとしている。ダメだ。さらに最悪なのは、ポスト安倍といわれる一連の政治家たちだ。例えば本書では、小泉進次郎議員の「こども増税」(自称:こども保険)が徹底的に批判されている。増税はまさに将来世代の可能性の芽をつぶしてしまう。日本を亡国化する最悪の政治家の姿勢であろう。小泉氏だけではない、本書では石破茂、野田聖子、そして立憲民主党などの野党の増税志向が徹底的に理を尽くし、ときには独特のユーモアで辛辣に批判されている。これだけ深刻な話題なのに、時として「上念節」というか彼独特の「暗号通信」とでもいった比喩が、思いっきり敵陣に切り込んでいく武器となっている。面白い。

政治家たちがなぜこんな増税教なのか? それを支える洗脳集団とでもいうべき財務省の存在、そして金融緩和を否定し続けた(アベノミクス以前の)日本銀行といった官僚たちの存在がある。しかもこの財務省的な官僚脳は、本来は官僚的な思考を否定し、アニマルスピリットを発揮すべき大企業の経営者たちにも備わっているのだ。経団連こそ実は最大の官僚組織、しかも増税教の官僚団体なのだ、というのが上念氏の主要メッセージだろう。

 経団連は大企業の経営者団体であり、政治に大きな影響力をもつが、他方で旧態然とした考え方であり、中小企業をできるだけ潰し、官僚や増税政治家とタッグを組んで自分たちの利益になる消費増税と法人減税の組み合わせに狂奔する。そして官僚主導の産業政策の方が、既得権を破壊する改革よりも好ましいとする。新しい成長企業の可能性を、官僚とタッグを組んで阻止していく。特にデフレの長期化は、大企業を脅かす新しい挑戦者をつぶすには最適な環境だ。ここらへんの上念氏の記述は学術的にも切れ味抜群である。

あまり厳しいデフレは自分達も苦しめるが、その負担はすべて経営者よりも働いている人たちにつけを回せばいい。なんて恐怖すべき体制だろうか。

「結局、大企業というのは、口では中小企業を大事にせねばといいつつ、実際には増税など緊縮政策の提言を続け、将来ライバルになりそうな中小企業を潰そうとしているだけなのではないでしょうか?」

なぜこんな日本の大企業の経営者は日本をダメにしようとするのだろうか? それは先にも書いたように、大企業の経営者が実は官僚だからだ。上念さんは別な言葉で「経営者がサラリーマンだからだ」と批判している。儲かる経営には日本が儲かっていなければ不可能である。だが、日本の経営者は儲かる経営ではなく、自分がサラリーマンの出世の階段をあがることだけが目的化しているのである。新しい挑戦者が現れて競争が激しくなり、その出世の階段そのものがなくなることが、サラリーマン官僚の経営者には最大の恐怖である。

この恐怖心を最も鎮めるには、いままでの経済環境=デフレをできるだけ長引かせた方がいい。増税で日本をダメにするのは、実に彼らの利益になるのである。

「経団連は民間企業の集まりであるにもかかわらず、古くから官僚と癒着し、税制面や規制などで多くの便宜を図ってもらっていました。民間企業のくせに政府の顔色を窺う。とても変な団体に成り下がっている理由は、まさにこれ……安倍総理があれほど従業員の給料を上げるように働きかけても反応が鈍い理由も、何となくわかるような気もします」

経団連や増税政治家、そして財務官僚、その御用のマスコミ。これらを退治するにはどうすればいいのか? 革命? そんなバカな選択はない。流血の惨劇を国民に強いる必要はない。ふつうの積極的な財政拡大、金融緩和をデフレが完全に終わるまで続けるだけでいいのだ。国民は豊かになり、日本は栄え、そして寄生虫の四角形は滅びていく。

これが上念氏が本書で読者におくる明瞭な国民目線のメッセージである。