イスラエルが安倍首相に夕食会で提供した「靴のデザート」には何の意図があったのかーー。
安倍晋三首相(63)が中東訪問中にエルサレムを訪問したのは5月2日(現地時間)。その際、イスラエル・ネタニヤフ首相夫妻との夕食会で「靴のデザート」が提供されたことを現地メディアが報じて物議を醸している。
ディナーを担当したのは、同国のカリスマシェフ、セゲブ・モシェ氏。問題となったメニューは男性用の靴型(金属製)を容器に使ったチョコレートのデザートだった。5月3日に夕食会の様子が公開され、同シェフはインスタグラム上に「靴のデザート」写真を掲載すると、イスラエル国内のメディアとソーシャルメディアが「イスラエル人として恥ずかしく思う」「深刻な外交的欠礼だ」などと批判の声をあげ、その後、8日になって時事通信が報じて日本でも話題となった。
靴を食べると聞いてまずイメージされるのは、チャップリン映画『黄金狂時代』の一幕である。空腹のあまり自分の古い靴を礼儀正しく食べる主人公が、黄金を求めて狂奔する人間であったことは、料理の着想と無関係だとは考えづらい。
料理で使われたのは、英国の有名デザイナーブランド「Tom Dixon」の金属製ドアストッパー。日本でも公式サイトからも購入出来る商品で、お値段は17,000円。説明には「英国紳士に愛され続けるブローグシューズ形のドアストッパー。ペーパーウェイトとしてもご使用頂けます」とあった。花器やオブジェを皿代わりに使うことはコンテンポラリーな料理ではよくあることだが、「靴」を形どった容器はいかがなものか。
いかに、フェラン・アドリアのような前衛的な料理人であったとしても、足に履いて外を歩く靴を器にするという発想自体、どの国であっても受け入れ難いのは、万国共通の食の常識だろう。また、同シェフがトランプ氏との夕食会で提供したものが、靴とはまるで違う美しい果実状の赤い容器だったことも「疑惑」を増長させる原因となった。
この問題をめぐっては日本国内でも意見が分かれている。「靴を舐めろとバカにされる安倍外交」という極端な意見から、「明らかに意図的な嫌がらせ。お互いの国旗を交わらせていないことからもプロトコル(外交儀礼)に反している。バカにされても仲良くする意味あるのか」などとする批判的な声が比較的多かった。また、その一方では「単にアート主張の強いシェフの個人的な暴走では?」「ネタニエフ首相にも食べさせていることからも日本や安倍さんをバカにする意図はないのでは」という意見も多く見られた。
■「靴に意味はない」イスラエル大使館が弁明
はたして安倍首相に出された「靴」に意味はあるのか。もしくは、ユダヤならではの文化的な因習が関係しているのか。NEW’S VISION編集部ではイスラエルや外交の関係各所に話を聞いてみた。まずは駐日イスラエル大使館・広報室から。
ーー今回の「靴」に何か文化的な意味や政治的な意図はあったのか?
「靴を食べることに意味はまったくありません。たとえば、イスラム圏なら足の裏を見せるのは失礼にあたりますが、ユダヤではそういうものもありません」
ーーしかし、これは”公邸”で提供されたものですよね。
「こちらのシェフは現地では有名なシェフですが、公邸シェフというわけではないようです」
ーー本国での反応は?
「本国の方ではメディアにも取り上げられ、失礼にあたるのではないかと世論で話題になっているようです」
その対応をみる限り、物議を醸した料理には大使館もかなり困惑している様子だった。一方、外務省(中東第一課)では「(写真はシェフ個人が公開されたものであり)ネタニエフ首相との夕食はプライベートディナーでしたので、外務省の方でコメントは差し控えさせていただきます」とのことだった。
また、日本在住のイスラエル人の間でも「これは誤解だ」とする声は多いようだ。日本在住20年のイスラエル料理店「タイーム」(恵比寿)の店主・ダン・ズッカーマンさんが語る。
「靴に全然意味ないです。あの人(モシェ氏)が日本の文化を分かってないだけ。だって、イスラエルからはいま日本に年間3万人以上の観光客が来てるんですよ。ボクたちは日本が”味方”だと思ってるし、大好きで尊敬してる。だからバカにするつもりは絶対ありません!」
ーーでは、なぜ「靴」が使われたんでしょうか。
「あのシェフは現地では誰でも知ってる有名人。料理の腕は一流で、おいしい。ただ芸術の面もすごくアピールする人なので、面白いものを出したいとか、感動させたいと思っただけだと思います」
イスラエル関係者の多くから聞かれるのは「親日である」との弁解だった。シェフ本人の意図はどうあれ、イスラエルと同国の人たちに悪意がないことはぼんやりと理解できる。
ともあれ、GW17連休の野党を尻目に、「靴」をすり減らしてUAE、ヨルダン、パレスチナ自治政府、イスラエルと中東の4つの国と地域を歴訪した安倍首相。特にイスラエルはトランプ大統領が昨年12月にエルサレムを同国の首都と承認後、主要国首脳として初めての訪問だった。靴デザート報道などに躍らされることなく、我々はその外交の意味と意義を真剣に考えなければいけないだろう。