このあたり、朝日新聞OBの方にお話を伺うと「朝日のネット版の記事に関しては技術的な問題が大きい」と指摘します。つまり、公平性や中立性を考えたとき、イギリスの科学誌が研究者の同意なく論文を撤回した件について「『中立』『バランス』への配慮でしょうね。東京医大の教授がこう(不適切ではないと)言ってる」ために、タイトルはこうするしかなかったのだ、と。

また、産経新聞の関係者は「科学部の記者は必ずしもHPVワクチンにまつわる論争に詳しいわけではないので、あまり悪意があってあのようなタイトルにしたわけではないのです」と事情を説明しています。HPVワクチンを巡る議論は、確かにネットで健康情報に興味があって話し合っている人からすると自明なものの、メディアではそこまで深く浸透しているわけではなさそうです。

私などは「であれば、なおさらHPVワクチンに副作用があるとして否定的な見解を示した論文の手法が不適切だったときちんと書くべきだ」と思います。実際、毎日新聞は権威あるイギリスの民間組織がHPVワクチンについて「深刻な副作用の証拠なし」ときちんと報じています。ちゃんとやれるじゃないか。ということは、あくまで全国紙のタイトルの付け方が、やはり文字数の制約など技術的な問題として誤解を生みやすいタイトルとして流通してしまう、ということなのかもしれません。

英民間組織HPVワクチン「深刻な副反応の証拠なし」
https://mainichi.jp/articles/20180509/k00/00e/040/246000c

実際、HPVワクチンの有効性をかねてから主張してきた医師の村中璃子さんが、網羅的にこの問題を論じた著書『10万個の子宮』の中で論じた”科学的な正しさに対する否定的で情緒的な反感や悪意”を解き明かしています。どれだけの子宮頸がん由来の若い女性の患者を生み、本人の後悔と苦しみだけでなく、本来は生まれるはずであった命が失われてきたのかが明らかになるにつれ、正しく報道することのむつかしさはヘッドラインレベルでも普通に存在するのだ、ということを再確認するのです。

【m3.com】「ジョン・マドックス賞」受賞、村中医師が厚労省で会見
http://www.m3.com/news/iryoishin/575657

村中璃子『10万個の子宮』
http://www.heibonsha.co.jp/book/b335507.html

「だから朝日新聞が駄目なのだ」という短絡的な議論になりがちな本件ですが、むしろどう報じれば誤解が少なく済むのかはフェイクニュースの文脈とは別に考える必要があるのではないか、と改めて思う次第です。

実のところ、今回槍玉に上がっている朝日新聞もHPVワクチンの擁護のために立ち上がった村中さんのマダックス賞受賞や著書書評などもきちんと掲載しているのは事実で、なぜか不思議に叩かれる朝日新聞という構造が見て取れます。まあ、私も見落としていたので朝日新聞には申し訳ない気持ちを持つわけですが、もう少し踏み込んでHPVワクチンの有効性のところまで書いてくれれば世の中の誤解も減って良いのではないかと感じるところはございます。

子宮頸がんワクチンの安全性発信、村中医師が受賞:朝日新聞デジタル
https://www.asahi.com/articles/ASKDL53DKKDLULBJ00J.html

(書評)『10万個の子宮』村中璃子〈著〉『反共感論』ポール・ブルーム〈著〉:朝日新聞デジタル
https://www.asahi.com/articles/DA3S13397283.html

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