外国人労働者の移入拡大を盛り込んだ入管法改正案の審議が本格化している。ここ数年顕在化している「人手不足」への対応を狙ったものであるという。確かに統計をみたかぎりでは、バブル経済の余韻がまだあった1992年以来の「不足感」だ。

忘れている人や知らない人も多いだろうが、この90年代初めにも外国人労働者の受け入れ拡大が政策課題になっていた。

私も大学院で、当時、学会の俊英であった故・清野一治氏の論文「国際労働移動と国民経済厚生—静学的影響」(『早稲田政治経済学雑誌』1994年)を、研究会で直接著者から解説を聞き、白熱の論争を教員・学生で行ったことを思い出す。

清野論文では、外国人労働者の受け入れ国(日本)と送り出し国(諸外国)で、

1)市場メカニズムが完全ならば労働の移動の結果、両国の賃金は同じになる。このとき受け入れ国(日本)の賃金は低下し雇用は減少する、他方で外国人労働者の賃金は上昇し雇用は増加する。日本の労働者にはメリットはないが、ただし世界全体の経済厚生は大きく改善する。要するに前者の経済厚生上の損失を後者の増加が大きく超えるのである。

2)市場メカニズムが不完全なケース、例えば日本の雇用環境が閉鎖的であり、または賃金が下方硬直的な場合では、経済厚生は悪化する。具体的なイメージでは、高い賃金や暮らしを目的に海外から外国人労働者がきても日本企業に正規雇用されない、あるいは不況によって日本で失業してしまう場合である。また関連して国内で働く外国人労働者が日本で稼いだお金を母国に送金した場合でも日本の経済的厚生は低下する、

と清野論文は解説していた。

清野論文の1)を基本モデル、2)を修正モデルとしておく。

まず、1)の基本モデルをそのまま日本の現実に適用するのは、かなり疑問だ。そもそも外国人労働者を増やすことで、世界の経済厚生を増やす前に日本の政治家がすべきことがある。それは日本の経済厚生を増やすことだ。具体的には働きたい意欲のある高齢者、女性たちの働く環境の改善である。

また「失われた20年」に直面し、雇用機会を大きく制限されてしまった30歳代から40代の人たちが、年齢や企業規模に関係なく自由に働き場所を獲得することができることだ。日本の経済厚生は確実に上昇する。日本の働く環境をよくしてから、外国人労働者の受け入れを行えばいい。外国人労働者受け入れ問題についていえば、自国民ファーストは当たり前である。

実際に、清野氏もまた90年代の外国人労働者問題に直面して議論してきた人たちの現実的な帰結はこのラインだった(参照: 後藤純一「少子高齢化時代における外国人労働者問題」『国際環境の変化と日本経済』)。

いまの政府の方針はこの成果をまったく顧みていない。

また政府が5年で最大34万規模の未熟練労働が大幅に拡大しても、他方でAIの進化やオートメーション化の変化によって、これら未熟練労働者が不用になることが今後予想されるのではないだろうか?

政府は「人手不足」が解消されれば、受け入れを停止するとしている。だが、政府に市場の動向を的確に判断できる能力の保証はない。政府の受け入れ停止の判断はおそらくかなり遅れるか、あるいは政治的怠慢で判断さえされないかもしれない。このとき日本にきた未熟練労働者は、構造的な意味で「失業」に陥るだろう。

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