朝日新聞(デジタル)が2月24日、「伊勢神宮近くにムスリム礼拝所設置へ 観光客増加に対応」という記事を配信して、ソーシャルメディアで話題となった。だが、市観光課への取材の結果、同市に「ムスリム礼拝所」設置の予定はないことが分かり、当初の朝日新聞報道がデマだったのではないかと非難が高まっている。

問題となった記事によれば、同市は来年夏をめどに「アジアのイスラム圏からの観光客増加に対応する」ため、伊勢神宮近くにムスリム向け礼拝所の設置を予定しているとのことだった。内宮や観光施設に近い観光案内所の一部を改修して、3メートル四方の礼拝用マットを床に敷き、手足を清める洗い場も設置。数百万円の改修費用をかけると報じられていた。

だが、この記事を不可解に感じた人物が伊勢市観光課に電話で聞き取りを開始。すると担当者は、「記事は事実ではない」と困惑気味だったという。そして、「(朝日の記事どおりなら)憲法第20条3項(国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない)に違反するのではないか?」と尋ねると、担当者は「報道の通りなら憲法違反」と憲法をキチンと把握した上で、あくまで「ムスリム向け礼拝所を作るのではなく、多目的スペースを作る予定」だと説明したのだとか。

これが事実なら朝日新聞の記事は明らかな誤りである。情報が意図的にゆがめられて伝えられている印象を禁じ得ない。古式ゆかしい、日本人の精神的拠り所たる伊勢神宮に行き過ぎた商業原理が持ち込まれ、混乱が生じようとしているとの作為的な誘導を感じてしまうのだ。

ではなぜ、このような相違が生じたのか、当編集部でも観光課に取材を申し入れた。すると情報をねじ曲げて伝えるメディアの悪意が浮かび上がってきた。

■数百万円の改修費用は大嘘? 再来年のトイレ改修予算だった

観光課に電話すると、担当者は「(今回の一件で)多くの問い合わせを頂いております」とまず苦笑い。そして「記事の内容はすべてが事実とはいえない」と含みある説明をしてくれた。

「最初に、今回予定しているのは特定の方々に向けた、新たな施設の設置ではありません。既存の観光案内所を使って、『多目的ホール』をより多くの方に使っていただけるよう改修を行うだけです。記事にあった『手足を清める洗い場』もありませんし、(汎用性の高い)無地のマットを使用します。さらに『数百万円の改修費用をかける』というのも事実ではありません。その金額は改修工事費ではなく、そことは別の施設の”トイレ”にかけられる再来年の予算です」(同担当者)

詳細な取材を怠ったのか、それとも意図的に間違えて記事にしたのか。担当者の話を聞く限り、朝日新聞の記事は誤報に思える。では、なぜこのような記事が生まれたのか。同観光課がイスラムに関連した施設改修の発表をしたのだろうか。すると担当者は「ウチからプレスリリースを出したこともありません。(観光都市である伊勢市には)日々の他の広報活動の中で、記者の方が様々な話を聞きにきて下さいます。その中で話した情報(の一つ)をピックアップして記事にされたのではないか」という見方をしていた。

フタを開けてみれば、なんのことはない、年間900万人を誇る国際観光都市・伊勢の柔軟性ある海外対応であった。だが、「伊勢神宮の近くにムスリムのための礼拝堂が作られる」と聞けば、日本人なら誰しも心に「ザワつき」を感じてしまう。どんなに人種的な偏見がなく、信仰の自由を尊重している人でも厳格なムスリムと寛容な八百万の伊勢神宮のギャップに、ある種の不安を抱いてしまうのではないか。

観光立国を目指す日本国民として、悪意ある誘導に乗せられることなく、各国の旅行者が伊勢の地を訪れることを願いたいものだ。