■日本人妻の悲劇は自己責任か!? 帰還を推し進めた社会ぐるみの説得
理想郷を夢見て降り立った北の地。そこで待っていたのは共産主義の生んだ階級社会、その最下層の扱いだった。だが、これは自らの思想が招いた”自己責任”なのだろうか。吉永小百合主演の映画『未成年 続・キューポラのある街』でも、帰還問題に迷う在日朝鮮人家族が登場し、その日本人妻を説得する主人公が肯定的に描かれている。当時の社会背景では、帰還事業に疑念をはさむ余地は想像以上になかったようだ。川崎さんは「日本人妻たちには微塵も落ち度はない」と説明する。
「そもそも彼女らだって、北朝鮮に渡る前にすごく悩んでいたんです。そりゃ伴侶や家族といっしょだとはいえ、自分は生まれ育った祖国を離れる訳ですから。子供のいない(日本人と在日朝鮮人)夫婦たちは実際に別れたりしています。でも、子供のいる日本人女性は、差別を受けたり、教育を受けられない子供の将来を思って迷ったケースが多かった。そこに婦人団体や労働組合の人たちが、彼女らの自宅を日参して『早くしなさい。希望の国が待っている』『アナタの旦那さんの国は素晴らしいのに何を迷ってるの』と背中を押していたんです。(自分の生まれた)日本国政府も認める帰還事業ですよ、誰が騙されていると思いますか?」
もちろん拉致被害者とは違い、帰還者も日本人妻も本人らの意思でかの地へ渡っている。だが、自己責任として片付けられない政府や社会の加担がそこにある。喧伝された「夢の楽園」が真っ赤なウソだったと判明した時点で、朝鮮総連と韓国政府は帰還した在日朝鮮人を、そして日本政府は同胞である日本人妻を命がけで取り戻すべきだったのではないか。日本政府が見捨てたら、もはや彼女らを救う手だてなど存在しない。
現在の日本政府の対応に付いて、川崎さんは「2014年のストックホルム合意で、北朝鮮から提案のあった日本人妻の解放を(日本側が)却下した」と説明するが、この件に関しては編集部の調査では事実関係の確認が取れていない。だが、少なくとも政府は拉致被害者奪回と同様の執念を持って、日本人妻の救出には取り組んでいないように感じられる。
やはり日本人妻は政府さえも忘れようとする存在なのか。海を隔てわずか数百キロ。刻一刻と揺れ動く米朝情勢を知る術もなく、同じ空を見ながら故郷に帰る日を夢見る同胞たちがいることを我々は忘れてはならない。
取材協力:川崎栄子(NGOモドゥモイジャ代表)