古い建物の中に入ると、いかにも好々爺というお爺さんがいた。笑いながら、世界地図を指差す。どこから来たのか聞いているようだった。日本を刺す。

「日本は数年前に女性の旅行客が来たよ。とても良い人だった。もし良かったら写真を撮ってくれないか?」

と言われたので、一緒に写真を撮った。撮った写真は額に入れて飾ってあったので、今朗梓村に行ったら、僕の写真もあるかもしれない。

お爺さんは、資料館を作っているそうだ。清時代の部屋を再現したり、休憩どころを作ったりしていた。

でも一番大きいポスターは、領袖風采(リーダーのスタイル)と描かれた毛沢東の絵だった。なんか違うんだよなあ……と思う。

村一番の塔に登ることができた。

てっぺんからは、村の全貌が見えた。明清時代当時の街並みがそのまま今も残っている。

村は塀でぐるり囲まれている。他の民族の攻撃に備えてのものらしい。それとは別に高い塀が村の中に建てられている。それらは火事が起きた時、類焼を防ぐためのものだという。

わざわざ旅行に来てよかったな、と思った。

そんな感じで僕の中国南部の旅行は終わっていった。

僕は6月に向かったのだが、この時期は雨季なのでやめておいた方が無難だ。僕は運が良いことに一度も雨に降られなかったのだが、僕が玉林を観光している時、桂林は土砂降りで道路が冠水し、数人が亡くなっていたのだ。

年中温かい地域なので、冬に行くのが良いのではないだろうか?

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