■過剰なクレームと自粛過多のメディアが作品の本質を見誤らせる?

『聲の形』(講談社/大今良時)という、私も熟読したヒット漫画がありました。耳の不自由な女子小学生が同級生からいじめられるという内容ですが、物語はその後、主人公の男の子が小学時代の行為を深く反省し、一生をかけて、障害者の女の子に貢献するという心温まる展開をみせます。しかし、ここでも前半の障害者イジメだけがクローズアップされ、「不適切な表現を含む」との理由で、危うく、編集部の自主規制によって掲載を中止されそうになりました。弱者の人権を守る気遣いによって、障害者への理解を深めようとする作品が全否定されるのは、本末転倒ではないでしょうか。

音楽業界においても、表現への弾圧は止まりません。人気バンドRADWIMPSの新曲「HINOMARU」や、ゆずの「ガイコクジンノトモダチ」が軍国主義や戦争を美化しているという、ただの因縁としか思えないような非難が巻き起こっています。ここでもポリティカルコレクトネスを掲げた左派によって、バンドの活動や全人格が否定されるような事態が起こっています。

私は中国共産党の厳しい漫画規制から逃れ、コンテンツ天国・日本にやってきました。しかしながら、残念なことに日本の一部左派勢力の強烈なクレームと、腰の引けた旧メディアの自主規制によって、優良な作品の本質が見誤られようとしている気がします。日本人のクリエイターは、圧力に屈することなく、作品を守るスタンスであって欲しいと、願っております。