有名店から独立開業するパティシエは数多かれど、都内屈指の高級住宅街に、自身の名を冠したパティスリーを3店同時オープンさせるというのは異例。波多江篤(はたえ・あつし)氏は伝統的なフランス菓子からオリジナルまで手掛け、世界的な巨匠からも一目置かれるパティシエだ。

1981年、北海道に生まれた波多江氏は、札幌市内の有名パティスリーで修行後、東京都内の名店「ル・ジャルダン・ブルー」を経て、2007年に“3つ星シェフ”として有名なアラン・デュカス氏率いる「アラン・デュカス グループ」に入社。東京と大阪でシェフパティシエを歴任し、デュカス氏に「篤の作ったピーチメルバは世界一」と言わしめるまでに成長を遂げた。波多江氏考案の「ミルフィーユ・バニーユ」は、世界各地の「アラン・デュカス」のメニューに採用されたというから、その実力は折り紙付き。

2014年に波多江氏が渡仏した際には「航空券も、ビザも、住居も、働き先も、すべてデュカスさんが用意してくれた」。そのエピソードからも、デュカス氏がいかに波多江氏を信頼し、才能を評価していたかが伺える。パリ時代の勤務先だった「ホテル・ル・ムーリス」や「ホテル・プラザ・アテネ・パリ」では「伝統を重んじるフランス人パティシエに、日本で培ってきた技術をこちらから伝授することも多かった」という。

2015年に帰国後は「ドミニクプシェトーキョー」のシェフ・パティシエに就任。そして2019年7月26日、自身の名前を冠した「Atsushi Hatae」を代官山、高輪、用賀に一挙オープン。目立つ看板を掲げているかと思いきや、あえて目印は「Atsushi Hatae」のブルーの小さなフラッグのみ。こんな意外性も“波多江氏ならでは”のこだわりだ。

「一口食べてAtsushi Hataeだと気づいてもらえるようなケーキを作りたい」と語る波多江氏は、「特別な日に選んでもらえるように」という考えのもと、「既存のセオリーにはとらわれない自由な発想で、こだわり抜いた素材と機材を使い、自分なりのレシピで勝負」。

重厚なブラックを基調とした代官山本店の外観からは想像もつかないが、店内に一歩足を踏み入れると、鮮やかな淡いブルーのショーケースが目を引く。その中には、バニラのバタークリームにイチゴのエキスのジュレとババロワを組み合わせた「バニーユ・フレーズ」(864円)や、アーモンドとバニラの生地にキャラメルのバタークリームを練りこみ、胡桃のキャラメリゼをのせた濃厚な「キャラメルノワ」(594円)など、まさに「Atsushi Hatae」でしか味わえない生菓子がずらり。さらに、マドレーヌなどの「焼き菓子」や、クロワッサンなどの「ヴィエノワズリー」も豊富にラインナップする。

「3店同時オープン」の狙いを尋ねると、波多江氏からは思いもよらない現実的な答えが返ってきた。「ゆくゆくは3店舗くらい拡大できたら」と考えていたものの、「自分の店を持つからには、スタッフの労働環境を少しでも改善したい」との思いで特殊な機材を導入したことから、当初の予定よりも設備投資がかさみ「一店舗の売り上げだけで回収するのは難しい」との判断に至ったのだという。

そんな矢先、思いがけず希望通りの物件と出会い、「工房を用賀に集約させて製造にかかるコストを抑え、代官山と以前からゆかりのあった高輪にもオープンさせよう」と決断。さらに「3店舗同時オープン」というインパクトを与えることによって、「一店ずつ増やすよりも、認知度をアップさせることができるのでは」という期待も込められている。

穏やかな語り口の中にも、強い信念が感じられる波多江氏の人柄を体現したような「Atsushi Hatae」の店舗、そしてケーキの数々。この夏、パティスリー業界の「風雲児」として旋風を巻き起こす存在になりそうだ。