その後のシュパイヤー大聖堂は、17世紀のフランスの軍の侵攻によって焼かれ、18世紀に後半に修復されるも、18世紀末に再び焼き討ちに遭うなど、破壊と修復を繰り返してきました。1961年の本格的な修復工事により、創建当時の姿を取り戻し、純粋なロマネスク様式の大聖堂として今に至っています。

「みなの者が一つとなる」というイエスの別れの辞が刻まれた門から大聖堂内部に入ると、簡素ながらも力強い空間が広がります。

ゴシック様式やバロック様式など、より装飾的な建築様式が発展していくのはシュパイヤー大聖堂創建よりも後のこと。ドイツの大聖堂とはいっても、ケルン大聖堂とはずいぶんと印象が異なります。

シュパイヤー大聖堂で印象的なのは、身廊の柱の太さ。「十二使徒」にちなんで、柱の間には12のアーチが設けられています。内陣はひとつだけで、参拝者が必然的に前(東)を向くように、光に導かれるように設計されているのです。

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